AI開発の要件定義|通常のシステム開発と違う決め方と、精度の目標・評価データ・人の確認の入れ方を解説

「AIを使ったシステムを作りたいが、要件定義で何を決めればよいかわからない」「開発会社に『精度はやってみないとわからない』と言われて、発注の判断ができない」。AIを組み込んだシステムの開発では、通常の業務システムと同じ感覚で要件を決めようとして、つまずくことがよくあります。
この記事では、AI開発の要件定義が通常のシステム開発とどう違うのかを整理し、発注者が決めておくべき4つのこと(精度の目標、評価データ、人の確認の入れ方、失敗したときの扱い)を、具体的な決め方とあわせて説明します。
- AIは同じ入力でも結果が揺れ、間違いをゼロにできません。そのため要件定義では、「何%正しければ使えるか」という精度の目標を、業務の言葉で決めます。
- 精度を測るには、正解つきの評価データ(実際の書類や質問と、その正しい答えのセット)が必要です。これは発注者側にしか用意できない部分が多くあります。
- AIの結果を人がどこで確認するか、間違えたときにどう扱うかを先に決めておくと、精度が100%でなくても業務で使えるシステムになります。
- 要件を一度で固めきれないため、試行(PoC)で確かめてから本開発の要件を確定する、段階的な進め方が向いています。
目次
AI開発の要件定義とは
AI開発の要件定義とは、AIを組み込んだシステムで「何を、どの程度の正しさで、どのような運用のもとで実現するか」を、発注者と開発会社のあいだで決める作業です。画面や機能を決める点は通常の要件定義と同じですが、それに加えて、AIの出力の正しさと、間違いへの備えを決める必要があります。
通常のシステムは、決められたルールどおりに動きます。「この条件ならこの金額を表示する」と決めれば、毎回その通りに動き、動かなければ不具合です。一方、AI、特に生成AI(文章などを作り出すAI。中心にあるのはLLM=大規模言語モデルと呼ばれる仕組み)は、学習した内容から確率的に答えを作るため、同じ質問でも答えが少し変わることがあり、一定の割合で間違えます。
経済産業省の「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」(2025年2月)でも、AIモデルはデータに基づいて帰納的に作られるため、完成の基準を決めたり性能を保証したりすることが必ずしも容易でないこと、出力の不確実性を踏まえた設計が求められることが指摘されています。要件定義は、この「不確実さ」を前提に組み立てる必要があります。
通常のシステム開発との違い
要件定義で決めることの違い
| 項目 | 通常の業務システム | AIを組み込んだシステム |
|---|---|---|
| 動作の決め方 | ルール(条件と処理)を決める | ルールに加え、AIに任せる範囲と期待する出力の例を決める |
| 完成の基準 | 仕様どおりに動けば合格 | 評価データで測った精度が目標に届けば合格 |
| テスト | テストケースの結果が毎回同じ | 多数のデータで正解率などを測る。結果に揺れがある |
| 間違いの扱い | 不具合として修正する | 一定の割合で起きる前提で、人の確認や代わりの処理を設計する |
| 要件の確定 | 開発前におおむね確定できる | 試行の結果を見て確定する部分が残る |
| リリース後 | 改修の依頼がなければ大きく変わらない | データの変化やAIモデルの更新で精度が変わるため、定期的な確認が必要 |
画面、権限、既存システムとの連携、性能や可用性などの非機能要件(機能以外の品質の要件)は、通常の要件定義と同じように決めます。違うのは、AIが担う部分について「正しさ」と「間違いへの備え」を加えて決める点です。以下、その4つを順に説明します。
決めること1:精度の目標
「精度の高いAIがほしい」では要件になりません。業務のどの単位で、何を正解とし、何%以上なら使えるかを決めます。
業務の言葉で決める
AIの評価には専門的な指標がいろいろありますが、発注者は業務の言葉で決めれば十分です。たとえば次のような形です。
- 帳票の読み取り:「注文書の品番・数量・納期の3項目が、すべて正しく読み取れた件数の割合が9割以上」
- 社内文書の検索・回答:「よくある質問100問のうち、根拠の文書が正しく示され、内容に誤りがない回答が8割以上」
- 分類・振り分け:「問い合わせメールを担当部署に振り分けたとき、間違った部署に送る割合が5%未満」
間違いの「重さ」も決める
同じ1件の間違いでも、業務への影響は違います。金額や数量の誤りは重大でも、表記の揺れは軽微かもしれません。「これだけは間違えてはいけない項目」と「多少の誤りは許せる項目」を分けて目標を決めると、現実的な要件になります。
決めること2:評価データ
評価データとは、AIの精度を測るための「問題と正解のセット」です。たとえば、実際の注文書100枚と、それぞれの正しい読み取り結果。よくある質問100問と、それぞれの正しい答えと根拠の文書。これがないと、精度の目標を決めても、達成したかどうかを確かめられません。
- 実際の業務から集めるきれいなサンプルだけでなく、手書き、かすれ、例外的な書式、言い回しの違う質問など、現場で実際に起きるものを含めます
- 正解をつける業務を知っている担当者が正解を決めます。判断が分かれるものは、そのルールも書き残します
- 使い方を分ける開発中の調整に使うデータと、最終確認(受け入れ)に使うデータを分けます。同じデータで調整と確認をすると、実際より良い結果に見えてしまいます
- 件数の目安を決める業務の種類の多さによりますが、少なすぎると結果が偶然に左右されます。試行では数十〜数百件程度から始めるのが一般的です
評価データの準備は、発注者側の作業になる部分が多く、要件定義の段階で「誰が、いつまでに、何件用意するか」を決めておかないと、開発が止まる原因になります。個人情報を含む書類を使う場合は、マスキング(伏せ字)の要否や、開発会社への提供方法もあわせて決めます。
関連記事「データがないとAIは使えない」の誤解|生成AI時代に本当に必要なデータと、小さく始める準備の進め方
決めること3:人の確認の入れ方
AIの結果をそのまま使うのか、人が確認してから使うのか。この設計が、業務での使いやすさと安全性を大きく左右します。
人の確認の入れ方のパターン
| パターン | 内容 | 向いている業務 |
|---|---|---|
| 全件確認 | AIが下書きを作り、人が全件確認して確定する | 金額・契約・顧客への回答など、誤りの影響が大きい業務 |
| 条件つき確認 | AIの確信度が低いもの、金額が大きいものなど、条件に当てはまるものだけ人が確認する | 件数が多く、大半は定型的な業務(帳票の読み取りなど) |
| 抜き取り確認 | AIの結果をそのまま使い、定期的に一部を抜き出して確認する | 社内向けの要約・分類など、誤りの影響が小さい業務 |
要件定義では、どのパターンにするかに加えて、確認画面に何を表示するか(元の書類の画像と読み取り結果を並べる、回答の根拠となった文書を示すなど)も決めます。確認しやすい画面かどうかで、確認にかかる時間が大きく変わり、導入効果に直結します。
最初は全件確認から始め、精度が安定していることを確かめてから条件つき確認に移る、という段階的な進め方も有効です。その場合、「どの数字が出たら確認を減らすか」も要件として決めておきます。
決めること4:失敗したときの扱い
AIは一定の割合で間違え、外部のAIサービスが一時的に使えなくなることもあります。失敗したときにどうなるかを決めておくことが、通常のシステム以上に重要です。
- AIが答えられないとき:「わかりません」と返す、担当者に引き継ぐ、手入力の画面に切り替えるなど、代わりの流れを決めます
- AIが間違えたとき:誤りに気づいた人が報告する方法と、修正の手順を決めます。報告された誤りは評価データに加えて、改善に使います
- AIサービスが止まったとき:外部のAPIが応答しない場合に、処理を待たせるのか、手作業に切り替えるのかを決めます
- 責任の範囲:AIの出力を最終的に確定するのは誰か、誤りによる損害をどう扱うかを、契約もあわせて整理します
- 記録:AIへの入力と出力、人が修正した内容を、どの程度の期間残すかを決めます。改善と原因調査に必要です
責任の範囲や契約の条項は、法律の判断を含むため、最終的には弁護士など専門家に確認してください。
AI開発の要件定義の進め方
AIの部分は、開発前にすべてを確定できません。そのため、試行(PoC:本格導入の前に小さく試して効果や実現性を確かめること)で確かめてから、本開発の要件を確定する段階的な進め方が向いています。
- 業務の整理対象業務の流れ、件数、作業時間、AIに任せたい範囲を整理する
- 仮の要件と評価方法を決める精度の目標、評価データ、人の確認の入れ方、失敗時の扱いを仮決めする
- 試行(PoC)評価データで精度を測り、確認にかかる時間や費用も確かめる
- 要件の確定試行の結果を見て、目標の数字やAIに任せる範囲を見直し、本開発の要件を確定する
- 本開発・受け入れ受け入れ用の評価データで目標を満たすかを確認する
契約も、試行と本開発を分けて結ぶことが多く、試行は成果の完成を約束しない準委任契約、本開発は範囲によって請負契約や準委任契約を組み合わせる、という形がよく使われます。
うまくいく条件は、規程の最新版が1か所にまとまっていて、古い版と区別できることです。つまずきやすい点は、規程に書かれていない「運用上の慣例」を聞かれる質問で、評価データを作る段階でこうした質問が多いとわかれば、AIに任せる範囲を見直す必要があります。仮に月200件のうち6割をAIで解決でき、1件あたり総務部の対応5分が減るとすると、削減は月10時間程度の試算です。
関連記事RAGの精度が出ない原因と改善策|社内文書AIのつまずきどころと「探す・答える」の切り分け方・評価方法
発注者がやること、開発会社に任せること
役割分担の目安
| 作業 | 発注者 | 開発会社 |
|---|---|---|
| 業務の整理 | 業務の流れ、件数、困りごとを説明する | AIに向く作業・向かない作業を整理して提案する |
| 精度の目標 | 業務上許せる誤りの範囲を決める | 実現の見込みと、測り方を提案する |
| 評価データ | 実際の書類・質問を集め、正解をつける | 必要な件数や偏りを助言し、評価の仕組みを作る |
| 人の確認・失敗時の扱い | 業務上の責任者と運用ルールを決める | 確認画面や代わりの処理を設計する |
| 受け入れ | 受け入れ用データで結果を確認し、判断する | 測定結果と改善の余地を報告する |
発注者にしかできないのは、「業務上、何が正解で、どこまでの誤りなら許せるか」を決めることです。ここを開発会社に任せきりにすると、完成したのに現場で使えないシステムになりがちです。
無料テンプレート集では、要件定義書やRFP(提案依頼書)のひな形を配布しています。AI開発の場合は、ひな形に「精度の目標」「評価データ」「人の確認」「失敗時の扱い」の欄を加えて使うと、開発会社との認識合わせがしやすくなります。
よくある質問
- 精度の目標は、開発前に決められるものですか?
- 仮の目標は決められますし、決めるべきです。ただし、実際にどこまで届くかは試行(PoC)で測ってみないとわからない部分があります。試行の結果を見て目標を見直す前提で、仮の数字を置くのが現実的です。
- 評価データはどのくらい用意すればよいですか?
- 業務の種類の多さによって変わります。試行では数十〜数百件程度から始めることが多く、書式や質問の種類が多い場合は、それぞれが含まれるように集めることが大切です。件数より、実際の業務の偏りを反映しているかを重視します。
- AIの精度が目標に届かなかった場合、開発費はどうなりますか?
- 契約の形によります。試行は成果の完成を約束しない準委任契約で行うことが多く、目標に届かなくても作業分の費用はかかるのが一般的です。目標に届かなかった場合の扱い(範囲の見直し、中止の判断)を、契約前に開発会社と話し合っておきましょう。
- 生成AIのモデルが新しくなったら、要件定義はやり直しですか?
- 要件そのものをやり直す必要は通常ありませんが、同じ評価データで精度を測り直す必要があります。評価データと目標を要件として残しておくと、モデルを切り替えるときの確認が短時間で済みます。
まとめ
AI開発の要件定義では、画面や機能に加えて、精度の目標、評価データ、人の確認の入れ方、失敗したときの扱いの4つを決めます。AIは間違いをゼロにできないため、業務全体として必要な正しさを、人の確認や代わりの流れと組み合わせて確保する考え方が大切です。要件は一度で固めず、試行で確かめてから確定する段階的な進め方をおすすめします。
関連記事AIのPoCが本番にならない理由|PoC止まりを防ぐ進め方と、合格ラインの決め方・計画書に入れる項目
参考:経済産業省「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」(2025年2月)、経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(2018年公表、2019年改訂)。
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